言葉が、たくさんある。
人も、たくさんいる。
沢山いる人、一人ひとりに、沢山ある言葉の中から、適切だと思うものを選んでコミュニケーションを図っていくのは当たり前だ。
一日のうちに何人かの人間と顔を合わせる、会話する。
小中高までは、それ以外のコミュニケーションは電話以外ほとんど無かった。
最近は、顔を合わせる何人かと同等、もしくはそれ以上の人とメールで、その人の表情も見ていないのに、コミュニケーションをとることが多い。
携帯電話の恐るべき機能、予測変換。
より早く、メッセージを作成するためにある機能が、多くの人をいくつかのグループに無意識にカテゴライズして、偏った言葉を使わせる。
「も」
と入力するだけで、「申し訳ございません」と出てくるのだもの。
何なら、メールの受け取り手は、その言葉が出てきた過程すらわからないのだから。
「昨日はありがとう。楽しかったよ」
というメッセージも、こちらは「きあ。た」としか言っていないんです。
そういう意味で、顔文字は、己への甘やかしであり相手への思いやりだと思う^^
& 2008年03月10日(月)00時56分 編集・削除
「きあ。た」のたった4文字に、
「昨日はありがとう。楽しかったよ」の気持ち、
あるいはそれ以上が込められてると考えると、
少しロマンチックな気がします。