死ぬのか?
生き抜くのか?
3:7だと思っておるよ、私は。
まだだろ。
まだ早いだろ。
覆水盆にかえったらなぁ…と、日々後悔の連続です。綴るのは事実じゃなくて妄想ばかり。
死ぬのか?
生き抜くのか?
3:7だと思っておるよ、私は。
まだだろ。
まだ早いだろ。
BSBにフリーザの声優さんに似た声の人がいる、と思った。
自分の中でこれは、やはり名曲。
コブクロ「願いの詩」
矢野絢子「一人の歌」
椎名林檎「月に負け犬」
倉橋ヨエコ「ラジオ」
Mr.children「mirror」
↑THE HIGH-LOWS↓「ザリガニ」
THE BACK HORN「扉」
GOING UNDER GROUND「グラフティー」
RASWIMPS「最大公約数」
GOING STEADY「銀河鉄道の夜」
APOGEE「アヒル」
Cocco「遺書」
Salyu「彗星」
NUMBER GIRL「性的少女」
最近流行り。
LÄ-PPISCH「tears」
平沢進「環太平洋擬装網」
APOGEE「Let It Snow」
→Pia-no-jaC←「組曲『』」
つい先日、ちょっぴし心苦しい思い出の曲を耳にしてしまって、ちょっぴしセンチメンタル。
でも、やっぱいい曲だ。
いい曲は一曲リピートで何時間でも聴いていられる。
(とある事情もあって)昨日から五時間ぐらいずっとその曲を聴き続けていたよ。
頭おかしくなりそうにはならないから。
爆音は苦手だけれど、低音フェチ。
小劇場に芝居を観に行くと、照明をやっているから照明は当然気にしてしまうけど、案外と低音のバランスの方に注意が行く。
学生会館のB203でマイクOPした時は、低音でブースが揺れてて、お腹壊したけど。
恋の重低音とかあったね。
無数の小さな失恋も一つの大きな失恋も、低音に全て吸収されて、ただの感情になる。
タイツ。
歯ブラシ。
サボテン。
ジーパン。
手帳。
スキャナー。
メガネケース。
カバン。
スニーカー。
ホームに立つ君。
ボールペン。
MDプレイヤー。
ベルト。
自転車の補助輪。
ポケモン。
制服。
「今までありがとうな」と耳元で囁かれた声が残って、今晩は泣くよ。
風邪がずっと治らなくて、咳をしても一人。
がぶがぶがぶがぶ。
宮澤先生。
血は全く湧いてきませんが、先ほどから涙が止まりませんよ。
今晩が山田。
最近、ブライダルの音響照明オペレーションのバイトを始めました。
今は研修中で機材は触らせてもらえないけれど、披露宴をいくつか見学。
どうしても、新婦がご両親に書いた手紙を朗読する時に泣いてしまうんだよね…。
一つのミスが人生の一大イベントを台無しにしてしまうくらい、大事な仕事だけれど、幸せを演出してあげられる仕事。
早く一人立ちしたいな。
そして、あんなドレスを着られる日はあるんだろうか…。
成人の写真も結局撮れないまま21歳になってしまう…。
ありゃりゃ…。
親父は先生をやっています。
先日、親父が生徒のためにプロペラの仕組みについてネットで検索したところ、このブログが見つかってしまいました。
いや、まさか家族に見られる想定で書いてないので、禁煙しますとか書いちゃって、ははは、しまった。
年明けして、何故か父親からメールが届きました。
お互い家にいるというのに、何故と思いきや、おみくじ付きの明けましておめでとうメール。
おみくじは微妙ながら小吉でした。
そしてメールの本文には「今年は365日帰ってきましょう」と。
今のところ、帰っています。
あと、356日、か。
がんばるんばー。
伊坂幸太郎「魔王」を読了。
兄貴のお話「魔王」と弟の妻の視点で描いた弟のお話「呼吸」と二部構成になっている。
「魔王」は怒涛のように過ぎ去っていくならば「呼吸」は緩やかに過ぎ去っていく。
そう遠い話じゃない。
流されるということは、無意識のうちに巨大な渦の一端を担っている。
全体主義の善悪を分けるのは指導者であって、小さな小さな分子に過ぎない自分は抗っても掻き消されてしまうだけ。
でも、抗ってみたいという欲求が、妄想を生み出す。
兄貴が発する言葉は能力だったのか妄想だったのか。
脳溢血で死んだ兄貴は殺されたのか病死したのか。
伊坂幸太郎の小説はいつもタイトルが隙をついて登場する。
「魔王」という具体的な言葉として登場したのは、シューベルトの「魔王」に出てくる子供と主人公が自分の心情を重ねた時だった。
読み手は「魔王」というタイトルを知っていて、その言葉が持つイメージをストーリーに介在させながら読み進めるので、シューベルトの登場には首根っこを掴まれた感じだった。
心地よいというより、やられたっていう感じ。
で、結局のところこのお話は「魔王」って何なのよというお話なんだと思う。
政治家の犬養だったのか、躍起になった自分の姿だったのか、人間を操る何かなのか。
シューベルトに出てくる魔王も実は様々な解釈がある。
魔王は父親だという解釈や、一般的なのは魔王=病気という解釈。
いずれにせよ、「魔王」という存在はとても抽象的で、人間よりも強い力を持った存在らしい。
だから、それに屈伏する者、抗う者、傷つけられる者がいる。
でも、抽象的であるからして、そいつは誰しもの中に存在する恐怖心やら何やらじゃないのか。
魔王は人の数だけいるのかもねん。
新年明けましておめでとうございます。
2009年となってしまいました。
今年は009の年ですね。
島村ジョーばりに速く動けるよう頑張ります。
毎年、抱負なんてものは掲げず、成り行き任せに生きてきました。
今年も内側では秘かに闘志を燃やしつつ、流されるままに進んでいこうと思います。
あれもこれもそれもやれたら恰好良い。
あれもこれもそれもと、どれもやれなかったら恰好悪い。
丑年だからといって、牛みたいな体にならないよう気をつけましょう。
命のメッセージ展という展示企画が毎年早稲田で行われる。
昨年、その展示の照明仕込みに行く途中。
品川から山手線に乗っていた。
渋谷駅に停車しようとした瞬間、電車の外から悲鳴が聞こえて、急ブレーキが掛かった。
振り返って窓の外を見ると、ちょうど自分が座っていた席の真後ろにサラリーマンが倒れていた。
腕がおかしな方向に曲がっていた。
すぐに担架で運ばれていった。
接触事故による電車の遅れは約5分。
山手線は何事もなかったように再び発車した。
総裁を轢いた常磐線もサラリーマンと接触した山手線も、人一人に対してびくともしない。
鉄塊、最強。
走るという使命をはたすだけ。
使命通り走るだけ。
昭和史上最大の謎とされている下山事件について。
旧国鉄の下山総裁が轢死体で発見されたこの事件。
解剖結果は死後轢断。
死後の轢断ということは、総裁は自ら命を絶ったのか、それとも何者かによって殺されたのか、謎である。
状況証拠から他殺と考えられるが、自殺の可能性を捨てることは出来ない。
社会混乱を招くための謀殺という可能性もある。
何れにせよ、GHQにより大量解雇を余儀なくされた総裁は、その人柄上、精神的に正常ではなかった。
謎は謎のまま。
現代ならばDNA鑑定で一発なのに。
真実を知る術は無いのだ。
時間を操れない限り。
これは史学でも医学でもなく最早、文学。
一個体の死から何が生まれるんだろう。
渋谷より新宿へ行くことの方が多い。
池袋へ行くことはあまり無い。
秋葉原は全く行かない。
下北沢はたまに行く。
新宿から高田馬場まで気まぐれで歩く。
新大久保を通る度に、3000円のラブホが気になる。
クリスマスのイルミネーションより、ラブホの灯りの方が好きだ。
山手線から見る鴬谷はとても美しい。
スピッツのケモノミチが頭中に流れる。
ホテル街中にあるコンビニは独特の空気を醸し出している。
これから一夜を共にしようというカップルが夜食を買って行く。
夜が明けて、朝霧立ち込める渋谷駅。
静寂はやがて昼間の喧騒へと変わり、若者の夜がやってくる。
下北沢では今日も芝居をやっている。
朝の湘南新宿ラインは、皆が頭を同じ角度にして目を瞑っている。
人がいるから街があるのか、街があるから人がいるのか。
私の帰る街は、商店街が潰され、日々、ブルドーザーが行き交う。
再開発の象徴は、おにぎりのキャラクターではなく、駅のホームから商店街跡地をぼんやり眺める老人だ。
冬の冷たい空気が頬を刺す。
うん、お風呂、入ろう。