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タカババサディスティック

一人ぽっち街道、早稲田から高田馬場へ。
右手、オリジン、すた丼、天一、えぞ菊、左手に見えますは早稲田松竹。
下層エンターテイナーの叫び聴きながら、手を突っ込んだポケットには一掴みの釘。
アルコール臭が鼻を刺す。

中央線快速東京行21:05新宿発(今日は暖かく、車内にいるだけで肌がしっとりする)。
車内前方の座席に座る7人中、4人眼鏡、1人グラサン。
眼鏡のうちの一人、四ツ谷にて下車、御茶ノ水まで空席。


東京駅地下、いつもの場所。
待ち人は来ず。


目覚めた東海道線横浜駅。
戸塚まで、あと一駅。
眠ってはならぬ、眠ってはならぬ、眠っては…あーあ、大船。

一人ぽっち帰り道、錆びし。

失ったものは数知れず、得たものは一握りのお米

暫くご無沙汰しておりました。
装置製作の現場が一つ終わり、ようやく一息吐けたもんだから勿論、GWとは何ぞや?
…といった具合です。

新聞やテレビやネットで見るたびに、G(がんばれ)W(わかな)なんて自分を励ましてきた二週間。
仕事において、信頼はあってもいいが、信用はしちゃいかんということを学ぶ。

小屋入り前は、一徹、二徹、帰って、一徹、二徹。
指紋と足の皮を失う。
食生活は三食オリジン。
ゴキブリを見ても動じない。

うおぉ、目覚めてくれ女子大生の血よ!
せめて、せめてGを見た時くらい「きゃっ」とか口から出てくれ!

取り戻せ、大学生活。

食らう

口を通過するものは食べ物と言葉。
だから、食べたものっていうのは、言葉に変換されているんじゃないかと考えてみる。

今日の朝食べたチョコクロワッサンは、十分後、弟にかけた「いってらっしゃい」になり、出かけ前のおやつに食べたベビースターは「いってきます」になる。

いいものを食べていれば、言葉も良くなり、悪いものを食べていれば言葉も悪くなる。
満足に食べられれば、それに見合った言葉が出てくる。

思想、宗教、文化の垣根関係なく、人はものを食わなくちゃならんのだよな。
辺見庸の「もの食う人々」を読んで、いたたまれなくなったのでした。

ドント ラフ アット マイ ロマンス

渋谷にて『人のセックスを笑うな』を鑑賞。
絵がとてもきれいで可愛くて、雰囲気が素敵だった。
しかし、原作こんなんやったっけ、と思う瞬間が多々あり。
(原作は二ヶ月前に高田馬場VVで立ち読み…実は内容うる覚えなんだけど…)

原作ありきだから、もちろん削ぎ落として、継ぎ足して、一つ、作品が生まれたのだと思う。
けれど、原作を読んで、素敵に感じたものがことごとく消え去っていたので、残念だった。

永作博美じゃ、「たるんだおなかのいとおしさ」は伝わらないし、モデルの時に履いていた靴下、映画では、原作に比べて効果的でなかった。
三人がばらばらの道を歩んでいく「進路」という要素もなんだか曖昧。
原作を読まずに観た人が、『人のセックスを笑うな』というタイトルとこの映画とをどう結び付けるんだろうと、そんな作りだった。

とはいえ、えんちゃん(蒼井優)の視点を使おうという試みは素晴らしいと思った(うまくいっていたかと言われればそうでもないけれど…)。

キャストの登場頻度的にも、映画作品と商業を垣間見た気がしたな…私はあまり映画業界とかよく知らないけれど。

胸の中に小さな幸せを置いていってほしかった。
他人事のように微笑ましかっただけだった。

シベリア鉄道乗換え淵野辺を目指します

近頃は稽古場の関係で、多く横浜線を利用します。
普段使う湘南新宿ラインやら山手線やらはほとんど使っておりません。

感じたこと、路線ごとに文化が違うというか、なんだか、横浜線を使っていてカルチャーショックみたいなものを受けました。

電車の中って、いろいろ面白くて、お金払って芝居やら映画やらを観るよりも楽しめる場合が案外とあります。
本当のお客さんだから価値観の衝突も生まれないし…。

勝手に心の中で名前当てゲームをしてみたり…あの人「隆」っぽいとか…。

とりあえず、横浜線に東神奈川から乗っていると、車両睡眠率100パーセントの瞬間があります。

未来の言葉

言葉が、たくさんある。
人も、たくさんいる。
沢山いる人、一人ひとりに、沢山ある言葉の中から、適切だと思うものを選んでコミュニケーションを図っていくのは当たり前だ。

一日のうちに何人かの人間と顔を合わせる、会話する。
小中高までは、それ以外のコミュニケーションは電話以外ほとんど無かった。
最近は、顔を合わせる何人かと同等、もしくはそれ以上の人とメールで、その人の表情も見ていないのに、コミュニケーションをとることが多い。

携帯電話の恐るべき機能、予測変換。

より早く、メッセージを作成するためにある機能が、多くの人をいくつかのグループに無意識にカテゴライズして、偏った言葉を使わせる。

「も」

と入力するだけで、「申し訳ございません」と出てくるのだもの。
何なら、メールの受け取り手は、その言葉が出てきた過程すらわからないのだから。

「昨日はありがとう。楽しかったよ」

というメッセージも、こちらは「きあ。た」としか言っていないんです。

そういう意味で、顔文字は、己への甘やかしであり相手への思いやりだと思う^^

駈け抜ける風のように

DVDで「時をかける少女」を観ました。
パプリカに引き続き、筒井もののアニメ映画を観るのはこれで二回目。
観終わった後、やはり原作を読んでみたいなぁと思います。

間、がすごいなと思いました。

え、止まっちゃった?と思うくらいの長さの余白が数多くあって、でもそれは観る人に思考の余裕を与える、とても親切な空白でした。
や、もちろんタイムパラドックスを指摘する嫌味を言うための間じゃないですよ…笑。


間…静寂は日本の誇るべき文化。
そして、この作品で間を成立させたのも、日本の四季によるところが大きいんだろうな。
蝉の声を聞けば、入道雲を見れば、それだけで引き込まれてしまうのだもの…。


あーあ…タイムリープしたいなぁ……。

にぃんげぇーん、しっかぁーっく

人間椅子の「人間失格」がいい!
和モノ好きにはたまらないおじ様たちです。

好きなアーティストというのが特に無く、とにかく一度好きだと感じた曲は1、2時間リピートして聴き続けます。

何を隠そう、リズムフェチ、半音フェチ、掛詞フェチです。
だから曲を好きになるかどうかの基準は、メロディで、逆にアーティストを好きになるかどうかの基準は歌詞です。

最近身悶えしたのは、特撮「綿いっぱいの愛を」のピアノと、同じく特撮「悪魔巣取金愚」のパーカス。
特撮や筋少のピアノは輪郭がくっきりしていてすごく好きです。
ハイロウズのピアノも好き。
「ジャングルジム」は素晴らしい…。

坂本龍一も平沢進も天才だと思いますが、平沢進は音の快楽の究極形態で、坂本龍一は人間を作り変える音楽だと思います。

中学生の時、ピアニストになりたいと思って音大目指そうとしたこともありましたが、ぺらぺらの福沢とか夏目とかを総称するアレに怖気づいて、やめました。

で、最近思うことは、嫌味でも何でもなく、平沢音楽を目指す演劇をよく観る気がするなぁと…。

今、将来のビジョンが見えなくて悩んでいます。
何がしたいのかも、わからないといえばわかりません。

でも、一つ言えるのは、坂本龍一が好きだということさ!!
人に夢、与えたいってね!!

のるかそるか

二週間更新してなかったのか!
観ている人がいるのかいないのか、二週間ってあっという間です。
本日初日が明けます。

小屋入りしてからは、パズルのピースがかちっとはまった瞬間の快感となかなかはまらない苛立ちがまずあって、そこにお客様という、それまでこちらがしてきたことをぶっ壊せるほどの力が加わって…、要は…緊張しています、今この瞬間。

谷、いっきまーす。

目に見える全てを幸福へと変えてみせましょう。

「自虐の詩」を読みました。
日本一泣ける四コマ漫画とか、帯に書いてあると泣けないよ…なんちって。

視点の高さによって、きっと、読了後の爽快感というか、気分が違うんだろうなと思います。

愛する人のために我慢する女、我慢出来なくて泣き出しちゃうけど結局愛している女の話がだらだら続く上巻から、一転、女の過去メインの怒涛の下巻。
妊娠という形で報われたーっという流れの中で最後、中学時代一度裏切ったけれど仲直りして感動的な別れを果たした友人との再会でおしまい。

視点の高さって、要は、中学時代エピソードに当時の自分をクラスメートのどの階級にあてて読むかによって、現在のエピソードもラストの四コマもぜぇんっぜん違って感じるのだろうなぁと。

この漫画のすごいところは、四コマテンポで心をえぐることもさることながら、上下巻通して出てくる脇が主役をきっちり支えてみせている。
まさに芝居の教本です。

しかし、まぁ、女性は恋人に父親の影を求めるものなのだろうか。
わからんねぇ…笑。